東京高等裁判所 昭和42年(行ケ)130号 判決 1969年1月28日
原告 露木清 外五名
被告 特許庁長官
主文
特許庁が、昭和四十二年八月二十三日、同庁昭和四一年審判第八九八号事件についてした審決は、取り消す。
訴訟費用は、被告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
原告ら訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、被告指定代理人は、「原告の請求は棄却する。」との判決を求めた。
第二請求の原因
原告ら訴訟代理人は、本訴請求の原因として、次のとおり述べた。
一 特許庁における手続の経緯
原告露木清、同長谷川繁雄、同田中嘉之及び亡露木秀雄(原告露木久、同露木透及び同露木康子の被承継人)は、昭和三十三年六月十一日登録出願の昭和三三年実用新案登録願第二九、五七一号を昭和三十五年五月十三日、羊羹容器を指定物品とする別紙第一記載の意匠の登録出願に変更したところ、昭和三十六年十月三十一日、右意匠登録出願につき拒絶査定があつたので、同年十二月十八日、抗告審判を請求(昭和三六年審判第八八六号事件)した結果、原査定が取り消され、さらに審査に付されたが、昭和四十年十二月二十五日再び拒絶査定がされたので、昭和四十一年二月十四日、抗告審判を請求(昭和四一年審判第八九八号事件)したが、昭和四十二年八月二十三日、「本件審判の請求は成り立たない」旨の審決があり、その謄本は、同年九月二十五日、原告らに送達された。
なお、露木秀雄は、昭和四十二年九月十八日に死亡し、原告露木久、同露木透及び同露木康子において、これを相続したものである(特許庁長官に届出ずみ)。
二 本件審決理由の要点
本件審決は、本願意匠の構成を別紙第一記載のとおり認定したうえ、「本願出願前である昭和三十三年一月十六日特許庁資料館受入の雑誌MODERN PACKAGINGの一九五七年四月号一一二頁下段左所載の箱(以下引用例という)の形状は、縦三六、横一九、高さ四の比率をもつ直方体状をなし、その表面の中央部より下方の位置に、縦七、横九の比率をもつ四角形状窓部を設け、内部が透けて見えるように表わしたもの(別紙第二参照)であるところ、これと本願意匠とを比較するに、箱の形状は、引用例が前記のとおりであるに対し、本願のものは、縦一二・四、横三・四、高さ二・四の比率をもつ直方体状で、引用例に比して縦長で、やや分厚いものであるが、この差異は、この種の箱の形状において普通に見られる程度のものであり、両者を別異なものとする程のものではなく、表面の窓部も、引用例のものは前記のとおりであるに対し、本願のものは、正方形状窓部が一端寄りに表わされているが、この相違点も、全体を観察する際に両者の類否を左右する程顕著なものでなく、結局、両意匠は、全体として観察すると、細長い直方体箱の表面の一端寄りに窓部を表わした点が類似し、この点が最も看者の注意をひく支配的要部と認められるから、前記の差異にかかわらず、物品全体として類似しているものと認められ、したがつて、本願意匠は、意匠法(昭和三十四年法律第百二十五号)第三条第一項第三号の規定により登録できないものである。なお、引用例の窓部に表わされたマカロニ状のものは、窓部の上側についてのみ表わされ、かつ、窓部の下縁にのみ白い線が表わされていて、窓部が開口状に構成され、内蔵されたマカロニ状のものが透けて見えるものと認められ、窓部内に表わされたものが、審判請求人である原告のいうように、箱表面に印刷されたものとは到底認められない」と説示する。
三 本件審決を取り消すべき事由
本件審決は、次の点において違法であり、取り消されるべきである。
(一) 本件審決は、原査定(昭和四十年十二月二十五日の拒絶査定・以下同じ)の違法事由として原告らが主張した点について、何らの判断を示していない。原告らが審判請求において主張した主理由以外の理由によつて審判請求が成り立たないとされる場合のあることは当然であるが、そのために、審判請求人として主張した理由が自然に解消する理由はない。このような場合には、審決は、まず、審判請求人の主張した点は理由があるが、新たな理由によつて審判請求は成り立たない旨審決すべきである。さればこそ、旧意匠法(大正十年法律第九十八号)第二十五条において準用する旧特許法(大正十年法律第九十六号)第百三条は、「審判ニ於テハ………理由ニ付テモ………」と規定するものであり、この「モ」を軽視することは違法である。もし、それが実務上の慣習ならば、そのような慣習は、打破すべき慣習である。
(二) 仮に右(一)の主張が理由がないとしても、本願意匠登録出願は、昭和三三年第二九、五七一号実用新案登録出願を出願変更したものであるから、本件については、当然旧意匠法が適用されるべきものであるところ、旧意匠法には、審決が本件に適用した第三条第一項第三号という規定は存在しない。したがつて、本件審決は、その根拠を欠き違法である。もつとも、本件につき、特許庁が昭和四十三年三月二十三日、被告主張のような更正決定をした事実は認めるが、この更正決定は、違法であり、法律上効力を生じえないものである。すなわち、本件審決のこの点に関する記載は、誤謬とはいいえても、簡単明確な誤記とはいいえない。まず、本件審決書には「旧意匠法に従つて審理する」旨の記載がない。また、「旧意匠法第三条第一項第二号の規定に該当し、同法第一条の新規な意匠と認めがたい」旨の記載もない。このように、数々の必要な記載を欠き、簡単に「意匠法第三条第一項第三号の規定によつて………」と記載し去つたことは、「新法」と「旧法」との誤記にすぎないと軽く扱うことのできない重大問題である。被告は、右更正決定について、(イ)審決の全趣旨から誤謬であることが明確に看取でき、(ロ)判断の内容を変えるものではなく、また、(ハ)審決の実質を変更するものでないから、適法である旨主張するが、本件審決書には「旧意匠法によつて審理する」旨の記載がなく、また、適用法規の誤用は、審決の実質の変更であり、判断の内容の変更である。
(三) 仮に前記各主張がいずれも理由がないとしても、本件審決は、本願意匠と引用例との比較において事実を誤認した違法のものである。
まず、両意匠を対比判断するに当つては、これらを同一様式で表示したものによるべきものである。いま、本願意匠を引用例の箱の表示になぞらえて別紙第二の第一図とし、引用例については、引用写真を作図して、同じく第二図として、両者を対比するに、第一図からは、断面正方形に近い分厚い直方体から、直ちに羊羹容器を直感し、その上端に引きつけて深く落した大きい窓は、表面の一つの模様として表面の意匠を引き締めるとともに、容器の平調を打破するある美感を与えるに反し、第二図からは、その扁平さに伴う薄弱さから、せいぜいキヤラメル箱を連想するだけであり、第一図における蓋板及び底板の表示と第二図上面左側の蓋片端の表示とは、前記美感を一層顕著にするものであり、また、第二図の中央下部の薄い黒枠は、第一図に見るような効果を全く示していない。本件のような常時多数の市販品が存在する物品における前記のような差異は、市場に稀に出現する物品の場合と異なり、やや重く考慮されるべきものであり、これを無視して両者を意匠として類似するとすることは誤りである。なお、審決は、「窓部が開口状に構成され内蔵されたマカロニ状のものが透けて見える」というが、必ずしもそうではなく、あるいは、絵や写真を貼附したものとも受け取りうるのであるから、何らの証拠を挙げることなく、そのように認定することは、あいまい至極な引用例を強引に引用して偏見を固持するものであり、許されるべきではない。
第三被告の答弁
被告指定代理人は、答弁として、次のとおり述べた。原告ら主張の事実中、本件に関する特許庁における手続の経緯、本件審決理由の要点及び露木秀雄に関する相続関係が、いずれも原告ら主張のとおりであることは認めるが、その余は否認する。本件審決の認定は正当であり、これに原告ら主張のような違法の点はない。本件審決が「意匠法第三条第一項第三号の規定によつて登録できないものと認める」としたのは、明白な誤謬であつたので、昭和四十三年三月二十三日付で職権をもつて、これを「旧意匠法第三条第一項第二号の規定によつて、同法第一条の新規な意匠と認められないから……」と更正決定をしたが、右審決の誤謬は、審決の全趣旨から明確に看取できるものであり、かつ、その更正により、判断の内容を変えたり、審決の実質を変更するものではないから、右更正決定は適法のものである。
第四証拠関係<省略>
理由
(争いのない事実)
一 本件に関する特許庁における手続の経緯、本件審決理由の要点及び露木秀雄に関する相続関係が原告ら主張のとおりであること並びに引用例の箱の形状が審決認定のとおりであることは、いずれも本件当事者間に争いのないところである。
(審決を取り消すべき事由の有無について)
二 本件審決には、本願意匠と引用例との類否につき判断を誤つた違法があるものといわざるをえない。すなわち、前掲当事者間に争いのない本願意匠及び引用例の意匠としての構成を、成立に争いのない甲第二号証(意匠登録願)及び乙第一号証の一・二(MODERN PACKAGING, April 1957)を参酌対比すると本願意匠は、その当事者間に争いのない構成(比率を含めて)から、引用例の扁平短小な直方体状であるに対し、縦長のやや分厚い感じを与える直方体状であること、両意匠において、最も強く見る者の注意をひく部分は、各表面に設けられた四角形状窓部にあると認められるところ、本願意匠においては、右窓部は、ほぼ正方形状に、細長い長方形を形成する箱の表面部の短い方の一辺に極めて近接した位置に設けられ、したがつて、それが箱の長手方向の末端(箱の位置によつて、上、下部又は左、右端)に、ほぼ正方形状に開口している観を呈するに対し、引用例においては、それが横長の矩形状をもつて、箱の長手方向のほぼ中央、わずかに、やや短い一辺寄りに設けられ、したがつて、それが中央やや片寄つた位置に、横長矩形状に開口している観を呈すること及び各窓部は、これを通して内容物の一部が外部から見えるか、あるいは、内容物の一部が見えるような感じを見る者に与える機能を営むものであること(原告ら訴訟代理人が固執するように、引用例の窓部が透視可能のものでなく、内容物の絵又は写真を貼つたものであると仮定しても、それを窓部に貼ることによつて、あたかも内容物の一部をのぞき見られたような感じを与えることは、明らかである)を認めることができ、これらの事実を総合すれば、本願意匠は、その全体として、見る者に与える意匠としての印象を異にし、したがつて、物品に表わされた意匠としては、互いに類似するものとはいいえないものと認めるを相当とし、したがつて、また、引用例との比較において、本願意匠をもつて旧意匠法第一条にいう「新規ノ意匠」に当らないものとすることはできない。本件審決は、両意匠における直方体としての、縦、横、高さの比率から生まれる差異をもつて、「この種の箱の形状において普通に見られる程度の差異で」あるとし、全体的観察において類似すると認められると強調するが、この種の箱の形状に普通に見られる程度の差異であることは、意匠の類否そのものとは直接関係のないことは、いうまでもないことであるから、その差異が特殊な窓部の形状及び開口位置の差異と両々相まち、全体として奏する美感をこそ問題とすべきであり、本件において、個々の形状の差異の顕著、特別のものでないこと、あるいは、表面の一端寄りに窓部が設けられていることが共通であることのみを捕えて、意匠の類否を決することは、当を得ないというべきである。
以上説示したとおりであるから、本願意匠をもつて、引用例と類似であるから登録要件を欠くとした本件審決は、その前提である類否の判断を誤つたものというべく、他の点について判断を用いるまでもなく、違法であり、取消を免がれない。
(なお、本件審決が適用すべき法条を誤つた点において違法として取り消されるべきかどうかの点については、本訴においては、判断を示す要を見ないことは、前説示に徴し明らかであるが、本件において、更正決定の形において、「意匠法第三条第一項第三号の規定によつて」とあるを「旧意匠法第三条第一項第二号の規定によつて、同法第一条の新規な意匠と認められないから」と訂正することが許されるかどうかは、審決における更正決定を肯認する立場においても、なお大きい疑問がある。)
(むすび)
三 よつて、本件両意匠の類否の判断を誤つたことを理由に本件審決の取消を求める原告らの本訴請求は、正当ということができるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 三宅正雄 荒木秀一 石澤健)
別紙
第一本願意匠
意匠を表わす物品 旧第十九類羊羹容器
登録請求の範囲 図面に示すとおりの羊羹容器の形状
図面の説明
本羊羹容器は、長方形の箱体で、内部に隔壁を設けて容納室を大小二室に区分し、大室には羊羹を収容し、小室上の蓋の正面には方形の孔を穿ち、これに硝子等の透明体を取り付け、もつて小空納室に収容したこけしその他が見えるようにしたものである。なお、下面図は上面図に対称となり、側面図は左右対称となる。
第二両意匠の対比図(原告ら作成のもの)
第一図(本願意匠)
第二図(引用例)